■日本語文法を考えるために:哲学的なアプローチの必要性

     

1 注目される哲学的な思考

哲学から科学が生まれたというのは、哲学史を知る人なら常識です。デカルトもパスカルも、哲学者という面とともに科学者でもあったということになります。哲学は古くからある学問ですし、様々な学問を構築するときの基礎になってきました。

生成AIが進歩するにつれ、哲学的な思考が改めて注目されているのは、当然のことかもしれません。『新・哲学講義①』の「はじがき」に、「哲学は問題を徹底的に突き詰めて考える営み」であり、[哲学は何をどのような言葉で語ることができるか]を問います。

[考える際に使っている言語や論理、また考える私が備えていると言われる理性について考えることは、哲学にとって基礎的なこと]です。文法も哲学のテーマの一つになっています。実際、プラトンもアリストテレスも、著作の中に文法事項への言及がありました。

      

2 文法学の流れ

『新・哲学講義①』定義集の「文法学」で渡辺菊郎は[古代ギリシア人は、言語に関して哲学的な考察をし、言語の構造を記述した]と言い、[この伝統はローマへとうけつがれ、品詞や接辞につけられたギリシア語の名前をラテン語に翻訳した]と記します(p.216)。

古代最初の文法編集者といわれるヴァロは[古典教授の内容をまとめ、(1)テキストの修正、(2)正確な読み方、(3)内容の解説、(4)全体の批評の四つに分けた。この方法は中世全体を通して保持されている]そうです。中世では文法が重視されていました(p.216)。

19世紀には[各国語の品詞を体系だてて分析するようになり、これらはインド・ヨーロッパ文法とよばれる]ものになります。現行の文法学は[形態論(単語の形と構造)と、構文論(単語どうしの文の中での関係)を扱う言語学の一分野を意味]します(p.217)。

     

3 俯瞰する視点が必要

現在、独立した学問とされているものの基礎には、哲学的な思考がありました。文法学は、考えるための手段に使われている言語について、考察することから発展したものです。一方で[初期の文法研究は、つねに古代の文献を理解するもの]でした(p.216)。

私たちは現在、生成AIによる文章に触れるようになってきました。各人の書く文章と、どう違っているのか、どこが問題なのか、その点に注目が集まっています。生成AIの文章が最高レベルのものになるのなら、私たちの創造性はどう評価されるのでしょうか。

人間は考えるために言語を使ってきました。考える手段として不可欠なものであり、それを定着させるためには記述しておかなくてはなりません。それが正確に伝わるようにする必要があります。考える道具として、記録の道具として、会話の道具として必要です。

考えるために言葉をどう使うのが良いか、記録するために日本語でどう記述すれば良いか、こうした基本的な問題を意識することになります。こういうときに哲学的なアプローチが必要です。日本語文法の本を読むときにも、俯瞰する視点が得られると思います。